あの頃は、気力だけでやっていたように思う。
意識朦朧とした中で作業をしていると、無の状態になっているのか、常識や既成概念がはずれて、とんでもないことを思いついたりする。
少しずつ少しずつ、そんな事の積み重ねの日々だった。そして、色んな事がわかり始めていた。

自然環境にも人体にも安全で安心な化学物質ゼロ水洗いクリーニングを確立する為、クリーニング総合研究所の立ち上げにかかわった。
洗浄力のある還元した水を使って色んな洗い方をためし、天然の素材で頑固な汚れを落とす方法は無いかと試行錯誤を繰り返した。ワラを燃やしワラ灰を作り、その灰を水に溶かして上澄み液を使ったり、ムクロジやサイカチの実を採ってきて固形石鹸の代わりに使ったりした。

世界的に「脱ドライ」が叫ばれている中、その代替技術が求められている。
国内はもちろん、海外からも見学に来る方も少なくなかった。
カナダ環境省のブラッド氏もその中の一人だった。
ブラッド氏は、背が高くがっしりとした体格の良い紳士で、その体格とは似つかわしくない可愛い目が親しみを感じさせた。
奥様のスーザンさんはショートカットのとても可愛い知的な女性で、私は彼女とすぐに仲良くなった。
そしてある日、カナダで開催されたカナダ環境省主催のクリーニング環境会議へお招きを受けた。
その会議では、ドライの代替技術としてのクリーニングシステムがいくつか発表されたが、その中の一つとして、クリーニングハウス ムウの化学物質ゼロ水洗浄クリーニングシステムを発表した。


ところで、どうして世界的に「脱ドライ」が叫ばれているのか、疑問に思われる方も多いと思う。
そもそもドライとは、油汚れを化学的に溶かして取り去る方法で、水のかわりに化学物質で衣類を洗うのだ。
水は一滴も使用しない。ドライ溶剤に角砂糖を入れても溶けない。
ドライした白いブラウスなどクローゼットから出してみると、エリやワキなど黄色く変色していた経験はないだろうか。
これらは、汗などが残っていて変色したものである。ドライでは、汗や食べこぼしなど水溶性の汚れは落ちないのだ。私達が生活する上での汚れは、九十%以上が水溶性の汚れであるにも関わらず、ほとんどの物がドライクリーニングされているのが現状だ。
ドライ溶剤には、主にパークロルエチレン溶剤と石油系溶剤があり、パークロルエチレンは有機塩素系化合物で発がん性がある。いわゆる、殺虫剤の中で衣類を洗っているようなものなのだ。また、地下水汚染など環境にも悪影響を及ぼす。

石油系溶剤は、二酸化炭素の排出により、地球温暖化につながり、乾燥が不十分であると化学火傷をおこす。 石油系溶剤は、灯油で衣類を洗っているようなものだ。そして、このドライ液(溶剤)は捨てない。ドライ液(溶剤)をカートリッジを通し、ごみを除去して何百回と同じ液が使用され、減少した分だけ補充される。
カートリッジをあまり交換しない液管理の悪いクリーニング店は、透明なドライ液(溶剤)に、汚れが濃縮されて麦茶のような色をしている。このような酸化した汚れたドライ液で衣類を洗うと、汚れが逆汚染して衣類が黒ずんでしまう。
このように、ドライ溶剤が引き起こす環境破壊、人体への悪影響、水溶性の汚れが落ちない等、問題は山積である。
このような理由から、世界的に「脱ドライ」が叫ばれているのだ。


しかし、ドライはとても生産性が良く、水洗いはとても手間暇がかかる。
そして、ドライから水洗いに切り替えても、なかなか作業内容にみあっただけの値上げが出来ない。背に腹は代えられないという現状があり、今だにドライに依存しているのがクリーニング業界の現状だ。
ドライの一番の被害者はドライに従事している者ではないだろうかと思う。

クリーニング業界の中から変えようと色々と試みて活動をしてきたが、難しいという事を痛感した。
やはり、消費者に事実を知ってもらい、意識を変えてもらうしか方法はないのだろうかと思うようになった。
しかし、「食の安全」という事は良く言われるようになり、食に対する意識や関心は随分と高まってきたが、衣服など身にまとう物の質や安全性を考え、関心を持つ人はまだまだ少ない。
昔は布地を草木で染め身にまとい、木の実やワラ灰など植物を使い洗濯をした。
いつの間にか、染料は草木から化学染料に変わり、木の実は合成洗剤に変わってしまった。
紀元前三世紀頃の古代中国の儒教の経典「四書五経」の中に、「草木根皮、これ生薬なり、鍼灸これ中薬なり、飲食これ大薬なり。身を修め心を治める、これ薬源なり。・・・」とある。また、薬を飲むことを「服用」と言い、「内服」とも言う。
わざわざ「服用」と「内服」とを使い分けていたことから見ても、「服用は」薬草で染めた衣服を身にまとって病を癒す事で、「内服は」薬草を食べて病を癒す事ではなかったかと思われる。
古の人々にとって「衣を身にまとう」と言う行為は、寒さを防ぐだけでなく、命に係わる切実な問題であっただろう。
また、身体を包む衣服の洗い方や洗濯に使用される材料の安全性にも目を向けるべきだと思う。洗剤に含まれるノニルフェノール(環境ホルモン)やドライ液(溶剤)などの化学物質は、肌から容易に吸収される。それらは、肌荒れを起こすだけでなく、肌への不快な刺激は、脳に伝達されストレスとなって免疫反応や精神面にも大きく影響を及ぼす。


このような衣服を洗うという事においての問題点を解決し、衣服の安全性を追求するためにも、合成洗剤や化学糊、加工剤、ドライ液(溶剤)などを使用しない「全品水洗いクリーニング」が必要不可欠になる。

衣服を洗う水は、還元した水(生き生きとした水)が最適だ。
還元した水で洗うと衣服が還元した状態になり、色艶も良く、肌触りも良くなる。還元した環境にはカビや虫が付きにくい。カビや虫が付きにくいのは、もちろん汚れが綺麗に落ちているという事もある。
一方、ドライや合成洗剤で洗った衣服は酸化した状態になり、カビや虫が好む環境になる。
これらはもちろん、汚れが落ちていないということも原因の一つである。